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【僕は新卒で警察官という道を選択した】〜おすぴーがフリーランス会社員になるまで〜

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僕は1ヶ月だけ警察官だった。

正確には新卒で警察官になるため、警察学校に1ヶ月だけいたことがある。

 

社会人になったのは2012年4月。

 

僕は新卒で警察官という道を志ざした。

選んだ理由はたくさんある。

  • 公務員という安定職だった
  • 1番早く内定をもらった
  • 親に勧められた
  • 特にやりたいことがなかった

などなど…

 

誤解が無いように言っておくと警察官という職を選んだことに後悔はない。

 

たった1ヶ月の期間ではあったが、警察学校での生活を過ごしてみて自分が「自由とやりがい」を求めているのだと再発見できたからだ。

自由を求めてたのに新卒で入ったのは警察官という職だった

ほんとは警察官じゃなくても、働けるならどこでも良かった…

僕が警察官を将来の選択肢の1つとして考えたのは大学3年生のとき。
リーマンショックの影響で、就活の状況はまだまだ厳しかった頃だ。


どんな会社であっても内定が1つもらえればラッキーと言われていた。

 

とにかく普通の就活だけでは不安だった。
そこで僕は、滑り止めとして大学にあった警察官の採用の特別講義受けることにした。

 

警察官の試験で出される一般教養(数的処理、判断推理、人文社会)は一般企業で出されるものと同じで、この講義を受けることは普通の就活にも生かせるメリットがあった。

 

この講義を受けた理由はもう1つある。

 

それは大学で専攻していたのが「歴史」だったからだ。
歴史が好きで大学を選んだのだが、はっきり言って歴史というジャンルは就活では全く役に立たない。

 

商学部や経済学部のように就職に有利な資格が取れる訳でもなかった。

 

教員や学芸員、大学院に進学をして歴史の研究を続けるという道もあったが、どれもかなりの狭き門だった。

※社会系の教員は飽和状態で、学芸員や進学の枠もかなり少なかった

 

僕にはそこに飛び込む勇気は無かった。

 

とにかく何でもいいから働ける場所を見つけて、大学に行かせてくれた親を安心させたかった。

就活では1社も内定はもらえなかった

一般企業から1つは内定をもらっておけば、心に余裕を持って試験も受けられる。

僕の就活は大学3年性の秋からスタートした。

 

警察官採用の試験はがあるのは春と秋の2回。1回目の試験は4月にある。
まずはそれまでに1件は内定をもらって試験に望もうと考えた僕はとにかく応募しまくった。

 

業種、職種、勤務地さえも問わなかった。働くことができれば何でも良かった。
しかし、現実はそんなに甘くない…

 

履歴書を出しては書類選考で落とされ…運よく書類選考が通っても1次面接で落とされ…

 

数10社という企業に応募しては返ってくるのは全て、「益々のご活躍をお祈りいたします」というお祈りメールだけだった。

 

採用試験までに何でもいいから内定をもらう計画は見事に崩れ、1つも内定をもらえないまま刻一刻と4月の警察官採用試験の日が迫っていた。

 

警察官が本命になった1つの出来事

試験の日が近づいて来ても就活に力を入れ過ぎていたせいか、イマイチやる気は無かった。

 

勉強もおろそかになり、このまま就活だけ続けて一般企業でもいいかな…とまで考えていた。 

地震」が警察を目指す決定打になった

 

そんなときに起きたのが、東日本大震災だった。

 

幸いにも僕が住んでいた愛知県に被害はほとんどなく、地元の家族たちも無事だった。

 

ただ1つ…

地震の発生地であった宮城に住んでいた友だちとは地震が発生した直後から一切連絡がつかなくなった。

 

テレビでは連日、津波の被害や行方不明者の報道が流れてくる。

 

その報道を見るたびに胸が苦しくなった。
もしかしたら、この行方不明者の中に友だちが含まれているかもしれない。
大怪我をしているかもしれない。

 

それでも、何もできない自分が悔しくてもどかしかった。

 

皮肉にもこの悔しさが、警察官を本気で目指そうというきっかけになった。

 

警察という職につけば救援というカタチで被災地に行くことができる。
被災で困っている人たちを助けることができるかもしれない。

 

「警察官になろう!」僕の心は決まった。

 

地震が無ければ、僕は滑り止めのつもりで警察の採用試験を受け、おそらく合格することはなかったろう。

 

就活を捨て、 警察官という道1つに絞った

警察官になるための試験は春と秋の年に2回にあり、それぞれ教養試験である第一次と面接・体力試験がある第二次に別れている。

 

1回目の試験で採用枠の7〜8割の合格者を出し、残りの空きを秋の試験で募集する。秋の試験は当然、春に比べて採用枠も狭まるから倍率も高くなる。

※ちなみに女性の採用枠はさらに少ないので、倍率はかなり高い。

 

受かる可能性があるとすれば、1回目の春の試験だ。

最初から秋の試験を受ける気はほとんど無かった。
1発で決める。それでダメなら警察官という道をあきらめるつもりで試験に臨んだ。

 

1年間の特別講義をしてきたとはいえ、やはり一次試験が始まる前は緊張で足が震えていたのを今でも覚えている。

 

嫌な言い方になってしまうのだが、一次試験はいわば足切りである。
社会人・警察官として最低限の知識があるかどうかを判断するものだ。つまり、一定以上の点数が取れれば通過できる。

 

さらに一次試験は教養試験と論文試験に別れる。
 

毎年違ったテーマに沿って約1000文字前後の小論文を書く。余談になるがこの小論文は一次試験では評価の対象にはならない。
二次試験を受ける時に面接や体力試験と一緒に評価される。

 

どんな問題が出されたか…今となってはほとんど覚えていないが、難しいという印象は無かった。気合いとは裏腹に一次試験はすんなりと終わった。

採用試験の最大の関門は面接

数週間後…
一次試験の合格通知が届き、僕は二次試験へと進むことになった。

 

二次試験は面接と体力試験に別れている。体力試験は一次と同じ足切りで、警察官になるために最低限の体力・筋力を備えているかを見る試験だ。

 

僕はかなりの運動オンチで、運動は苦手分野だった。
それでも、1年をかけて走り込みや筋トレを続けながら体力試験にも備えてはいた。

体力試験はいくつかの種目に分かれ、それぞれに基準となる数値が決まっている。
特に持久力が求められる20mシャトルランは最も重視される種目で、この結果次第では試験の合否が変わってくると言われていた。

 

なぜ持久力が求められるのかは、警察学校に入ってから思い知ることになる。

 

体力試験が終わるとそのまま面接に移った。

 

一般企業の就活で何回かは面接を受けていたこともあり、特に緊張することは無かった。

 

誤算があったとすればドアが開放されていたこと。
就活でノックして入ることが当たり前になっていた僕にとっては先制パンチを喰らった気分だった。

 

面接の内容はいたって普通のものだった。

  • 名前、出身校、年齢
  • 家族構成、学生時代の部活動
  • 好きなものは何か
  • なぜ、警察官になりたいのか?

いたずらに難しい質問はされなかった。東京や愛知など大都市がある県の面接は圧迫試験だと聞いてはいたが、長野県警は違った。

 

形式的な質問ばかりだったが、面接をしてくれた警察官の人たちはフレンドリーに接してくれた。

 

面接は30分前後で終わった。
手応えはなかった。いや、ちがう。少し拍子抜けな感じだった…

 
とはいえ、相手は警察官。質問から聞き出すことに関してはプロだ。

 

質問の答えも大事だったがそれ以上にこちらの挙動や受け答え、
話し方などを見ていたのかもしれない。

 

試験が終わったあと一気に肩の荷がおりた気がした。
人生であんなに頑張ったのは高校の受験以来だったかもしれない…

結果は2週間後にネットで発表された。
それは2011年の初夏の日、僕は「警察官」になる道を選んだ。